☆ 十文字女子ミニバス 事務局日記☆ ~シーズン9~

秋田県横手市十文字町で活動している十文字女子ミニバスケットボールスポーツ少年団のブログ

復興支援・絆カップ その③

おはようございます。事務局 佐藤(弘)です。

昨日までは十文字女子の試合の様子を載せましたが、その他にもいろいろと撮影できた画像があり、今日の更新では絆カップ番外編を、明日以降は十文字女子以外の試合の様子を載せていきたいと思います。


今回の遠征でお世話になりました宿舎は、去年の大郷遠征の際にも利用した大郷町内にある『縁の郷 えにしのさと』です。

初日の日程終了後、会場から15分ほどかけ大郷の丘陵地に建っている宿舎に到着。各部屋にわかれ荷をほどいたのち夕食となりました。


お楽しみの夕食は焼肉! 外まで美味しそうな匂いが漂っていました。


新潟の猿橋チームのみなさんです。


丁度この日の夜は東北では2000年以来になるハッキリとした皆既月食が観察できる夜にあたり、宮城の夜空はほぼ快晴。皆既月食の一部始終を観察できました。宿の玄関には天体望遠鏡も置かれ観察会もできたようです。


指導者さんや父兄さん達の懇親会は大郷町粕川にあります海鮮居酒屋『 呑亭 〜のんてい〜 』で行われました。


松島ミニバスの監督さんの挨拶の後、岩手から参加の花巻NSチームの父兄でもあり十文字も毎年練習試合等でお世話になっている西南の監督さんの乾杯で懇親会もスタート。


会場が海鮮居酒屋さんだけに刺身の盛り合わせもとても美味しく日本海側の内陸部から参加の十文字女子の参加者には好評でした。刺身盛り合わせの中にはなかなか食べる機会もないクジラ刺しもありました。


懇親会には十文字女子も去年対戦した宮城県の汐見ミニバスの藤村監督もサプライズ参加!! 懇親会を盛り上げてくれました。


懇親会会場を出る頃には、ほぼ満月状だった月も9割方欠けており、宿舎に着く頃には隠れて真っ暗な中に薄赤くぼんやりと月が見える感じでした。

その頃、団員達はと言いますと、宿舎にはミニバス参加チームの他にも沿岸部の復興作業のため長期滞在している土木・建設関係の方々が多数宿泊しており、館内でガタイのイイおっちゃん達やスキンヘッドやヒゲの強面のおじさん達(話してみると見た目と違いすごい気さくで優しい方々ばかりでしたが・・・笑)と遭遇し、うちらに『うるさくしたり、廊下を走ったりすると怖いおじちゃん達が部屋に怒鳴りに来るよ』と脅しをかけられたところ、いつも遠征の宿舎ては騒がしい団員達もみんな静かに部屋で大人しくしていたそうであまり手がかからなかったようです。

お父さん達も周りの復興関係者の方々が静かに安眠している時に部屋飲みで騒ぐわけにいかず、早めの就寝となりました。


朝、起床し朝食のため離れのレストランに向かいますと、丘の上から望む麓の町は朝もやに包まれていました。


朝食はこんな感じ。

朝食後、第一試合が十文字女子対猿橋戦でしたのですぐにチェックアウトとなりました。

十文字女子は2日目の試合を終えて閉会式まで2時間ほど時間が空きましたので、みんなで松島観光を楽しみました。

実は、毎年6年生の修学旅行は仙台・松島なのですが、今年は震災の影響もあり修学旅行のコースが変更され、6年生は松島へ来る事ができなかったのです。
遠征前日、PTAがあり校長先生に松島遠征に行く挨拶をしたところ、今回は6年生団員にとって2度目の修学旅行ですね、ぜひ楽しんで来て下さいと校長先生も言っておられました。


まずはみんなで五大堂へ


今回はバスガイドさんも先生も同行していなかったので、たぶん海の近くの神社
に行ったぐらいにしか思っていない団員が多数かと思っていますのでこのブログを見たうちの父兄さんは子供に五大堂の説明をしてあげてください(笑)。

日本三景の1つである景勝地・松島の景観上重要な建物であり、本州海岸に近い小島に建つ。伝承によれば大同2年(807年)、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、毘沙門堂を建立したのが始まりとされる。

その後、円仁(慈覚大師)が延福寺(瑞巌寺の前身)を創建した際に仏堂を建立し、大聖不動明王を中央に東方降三世明王、西方大威徳明王南方軍荼利明王、北方金剛夜叉明王五大明王像を安置したことにより、五大堂と呼ばれるようになった。

現在の堂は、慶長9年(1604年)、伊達政宗瑞巌寺の再興に先立って再建した。東北地方最古の桃山建築と言われている。

現在、国の重要文化財に指定されている。(ウィキペディアより)


この後、みんなで瑞巌寺へ参拝し会場に戻って閉会式となりました。